報徳仕法による教化をしく法
教化をしく事
報徳外記興復第八に、「指導者は鶏鳴が鳴けばに起きて、寒暑なく風雨に関わらず、毎日に巡行(回村)して早起きを導き、或いは索綯日課(日掛け繩ないの法)を示して怠惰を奮い起こし、或いは善を勧め悪を戒め、孝悌忠信を教え、人倫推譲の道を諭し、風俗を移し易える、これが教化をしく道である。」とあります。
指導するものは、自ら手本を示さなければなりません。復興に必要なのは村民の勤勉な労働力です。
教化第十九に「自分が早起きして、その後に民に教え、自分が夜遅くに寝て、その後に民に教え、自分が精励して、その後にこれを民に推し広め、自分が節倹して、その後にこれを民に導く。百行みな同様である。」
それまでもして村民の行動が正しくならないのは、
同じく「しかしながら、それでもなお奮い立たない者があるとすれば、それは自分の心が誠実でないからである。」といいます。
勤、倹、譲に誠が加わります。至誠があるから人は行動を変えるのです。もし、権力で村民を動かそうとしても、
同じく「もし心が此処に無く口先だけで諭し、詐術をもって率い、刑罰でもって威したならば、終世心力を尽くしても、遂に美風感化の功を見ることができないのである。かつて俗吏があった。衰村に望んで朝起きを指導し、自分勝手に禁令を立てて、鶏晨に起こし、従わない者があれば、索綯を課して贖わせた。一旦は効果があるように見えたけれど、役人が通りかかるのを窺って、火を焚いて早起きしたように見せかけ、索陶の責めを免れるだけだった。これがいわゆる、「之を導くに政をもってし、之を斉ふるに刑をもってし、民は免れて恥じなきものなり」というもである。
力や刑罰で民を動かそうとしても効果がないばかりか考えや行動を恥じないのです。だから、遠回りのように見えても、先ず実践してみてその徳を以て導く、報徳の考えです。人にはそれぞれ徳がある(万象具徳)。尊徳には、自分が実践して見せることができるという徳があり、その徳で村民を動かしていくのです。
同じく「わが復興の法は、怠情を奮い起こすのに鶏晨回村を先ず行うこととし、これに応ずるのに誠実をもってし、これを導くのに躬行をもってするのである。これがいわゆる、「これを導くに徳を以ってす」である。」
また、或いは善を勧め悪を戒めとあるのは、どういうことでしょうか?
同じく「教化と養育は先王が民を治めた道である。先ず養育してから後に教化していき、あるいはまず教化してから養育していく。なぜならば、貧民の民は常に食に乏しく、せめて一度は飽食暖衣したいというのが平生の願いである。そのために、一度秋の稔を得たならば、忽ち飽食暖衣を逞しくして来年のことを考える暇がない。このような者は、先ず養って満ち足りた気持ちにさせるのでなければ、欲念が胸中に満ちていて、いくら教えても教えが入る余地がない。また遊情の民は、心中に色々邪悪なことを考えて、常に酒を飲んだり賭博を行ったりするのである。このような者は、先ず諫めてその悪念を絶たなければ、悪念が増長して、養育の方法をとる余地がない。教化と養育は、その順序を失えば、寒気に向かって種を蒔き、草取りをせずに肥料を沃ぐのと同様であって、遂に成功することができないのである。」
善には養育を行い、悪には教化で戒めるのです。アメとムチではなく、アメと教えです。
現在への適応のしかた
率先躬行
現場の人は会社の人が来て指示することを表面的には素直に聞いていますが、常に指示した人が指示したことをできているかを見ています。もし、言っていることができていないのならば、何らかの理由をつけてやろうとはしないのです。
尊徳は、口先だけで何もできない儒者よりも技を持った大神楽の方が世の中の役に立つといいました。そのためには自分が試して、それを伝えていく、そのような進め方ではないと伝わりません。
では、コンサルタントやその業務をやったことがない人は、どうすればいいのかという疑問が出てきます。コンサルタントならば、報徳仕法を研究し、企業や個人に紹介し、実践の指導する人を教化すればいいのです。コンサルタントが現場に行って反発されるのは、そのコンサルタントが実践したこののないことを知った時です。
具徳の見つける
全てのものに徳が備わっている訳ですから、それを見抜けないと正しい教化はできません。ついつい人は、相手の徳のあるところ、つまり長所よりも短所に目が行きがちです。
しかも長所と短所は、裏表の関係になっていますので、短所を減らせば長所もなくなり、徳は失われていきます。徳を見つけることは長所を見つけそれを育てることです。
このようなことを言うと、相手が図に乗ってしまうと思う人がいるかもしれませんが、仁義礼智信を教化していけばそのような状態にはならないでしょう。
誠意を見つける
私は、尊徳の仕法の重要なポイントであります、勤倹譲に誠が加わったのは様々な仕法を通じて、仕法を成功させるためには復興の手法が重要なのではなく、誠意なのです。
率先躬行をもって示した人が誠意がなければ、他人を動かすことはできません。誠意とは、我欲を捨てて、行いを正しくし、約束を守り堂々と生きていくということですが、現代の人にとって最も難しいのは我欲を捨てるということではないかと思います。しかし、尊徳はいきなり我欲を捨てることを求めてはいません。
復興の最初の時には、孝悌農力のあるものを賞して利を与えています。それを繰り返し、他譲する人を増やし、その中から指導者になったものに我欲を捨てて誠意を示し、教化していくことを求めているのです。誠意も積小為大を実践していくのです。
報徳仕法の実践の留意点
報徳仕法を学び実践するためには何が重要かということを、報徳仕法尊徳が直接に行わず、理解したものが実践した場合に何を留意すべきかということをみていきます。
下石橋村仕法がありました。領主からの依頼ではなく、青木村仕法を見て感激した地主の松兵衛が直接に依頼した仕法であります。そのため、領主の分度は行われず、主に青木村の冥加金や農民の労働力に頼るものが大きかった。
「荒地開発や人口増加などの村復興は、地主である松兵衛の経営安定にも結び付くものであるといえるが、一方で仕法の世話人として、仕法への投資も行うため、自らの経営を没落させるリスクを伴います。松兵衛は発起人として仕法に私財を投入するなど献身し、期待を大きくしていったと思われるが、それゆえにこそ、仕法が、不調・挫折を迎え、経営を脅かしはじめると、松兵衛は仕法に失望・不信感を募らせ、冥加米不納など仕法指導層と対立した行動をとっていったと考えられる」(報徳仕法と近代社会 早田旅人氏)
青木村同様に荒地開発を行い、天保の飢饉で自分の土地を離れた農民に開墾させたのですが、思うように収穫量が上がらない領主への分度は立ってないので、開発した分、年貢は増えてしまう。新たな農民も帰ってしまい、松兵衛はその穴埋めに他から借財を行う。労働力の足りない分は青木村から借りて手当てを支払うを行いましたが行き詰って対立していったのだと思われます。
先ず、領主の分度が定まっておらず耕作面積に応じた年貢を払う無理が生じています。新たな農民への年貢軽減が行われていないと推察されるので、新農民の負担が大きく耐えきれなくなってしまった。元々あった松兵衛の借財が青木村勘右衛門などからの資金が入ったことで、返済要求が高まってしまった。
ざっくりいうなら、形だけを真似して改善しても、中身が伴わないと成功はしないということです。尊徳なら、領主の分度を行い、年貢の租税を軽減し、荒地開発を行う新農民への年貢も軽減して、農力に応じて賞し、松兵衛の借財返済もそう少し伸ばすことも検討されたでしょう。
教化をしくことが報徳仕法を現在に適用する大きなポイントです。索綯日課も荒地開墾も米の備蓄もすべて勤勉に成果を積み上げていく日々の行為です。人間は人間であるゆえに、一度決しても直ぐに怠情があらわれ元に戻っていきます。それゆえに、日々の巡行によって教化をしき怠情を作興することが重要なのです。