顧客マネジメント
マーケティングはなぜ理解されなかったのか
顧客マネジメントは、いかにマーケティングを自分の会社に効果的に育てていくのかということにある。マーケティングは、個人的に掴みどころのないスライムのようなものである。マーケティングを語ると人によって答えが違う。試しに〇〇マーケティングとか、マーケティング〇〇とかいうタイトルの書籍を本屋さんで手に取って比べてほしい。書いている内容はまちまちだ。だから、マーケティングの内容をまとめるにしても、今回顧客マネジメントというタイトルにしている。
中小企業にマーケティングという言葉が使われるようになってきたは以前からだけれども、巷の社長で理解している人は少なかった。マーケティングよりも、広告、販促、営業という単位の話は多かった。以前から重視されていた。チラシを撒いてどのくらいの反響があっただとか、効果的な販促はどうだとか、営業マンの管理の仕方はどうだとか、常に重要な課題であった。しかし、マーケティングについて具体的な話が出てこない。売れる仕組みを作りたいと思っても具体的どうしたらよいかがわからなかった。マーケティングの学者の本を読んでも多くは成功した大企業の後付けの整理であった。中小企業がこれから具体的にどうしたらよいかが分からなかった。
日本にマーケティングが遅れたかの理由の一つに日本の商業道徳の存在があったからだろうと思う。商いは飽きない。士魂商才。士農工商の下層民として真面目にコツコツと他の階層から後ろ指をさされ、飢饉の時に自分だけのうのうと暮らしていたら打ち壊しに合う。気を使いながら生きてきた。こういった商業人にとって培われた精神は、米国からやってきたマーケティングに少なからず抵抗感があったに違いない。
しかし、マーケティングは少しづつ日本にやってきた。それは、日本人の変質によって受け入れられるようになった。それは欲望の正当化によって受け入れられるようになってきた。
儲けの罪悪感
これまでのマーケティングは、売れる仕組みづくりの抽象的な紹介だったのに対して、現在のマーケティングは、儲かる具体的なやり方の紹介に変化している。先のように日本における商業的儲けについて罪悪感も変化している。日本の変化の説明の前に、欧米の儲けの罪悪感の変化について、マックス・ウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(岩波文庫)で、訳者解説でこう述べている。ピューリタンは神の栄光と隣人への愛のために、つまり、神から与えられた天職として自分の世俗的な職業活動に専心した。しかも富の獲得が目的ではないから、無駄な消費はしない。それで結局金が残っていった。残らざる得なかった。これは彼らが隣人愛を実践したということの標識となり、したがって自らの救いの確信となったが、ともかく結果としての金が儲かってくる。ピューリタンたちはそれを自分の手元で消費せず、隣人愛にかなうようようなことがらのために使おうとした。例えば公のための役立てようと寄付をした。その精神がどこまでそのまま伝えられているのかわかりませんが、アメリカの金持ちたちが財団を作ったりするのは、そういうことの名残りだと思います。(同P404)
プロテスタンティズムの世俗的な禁欲が余剰を生み隣人愛が重なって寄付につながるのです。
しかし、意図せずして合理的産業経営を土台とする、歴史に全く新しい資本主義の社会的機構をだんだんと作り上げることになった。そしてそれが出来上がってしまうと、今度は儲けなければ彼らは経営を続けていけないようになってくる。資本主義の社会構造が逆に彼らに世俗的禁欲を外側から強制するようになってしまったわけであった。(同P405)つまり、儲けることが罪悪感でなく世俗的禁欲が儲けを生んでしまうという構造が出来上がってしまったのです。
しかし、日本はどうかというと儒教を思想的基盤とした武士階級に倣い利よりも義を重んじる表向きな倫理が優先されていく。しかし、商人は職業的に利を求めざるを得ないので、江戸時代に石田梅岩が商人の利は武士の禄と同じであり、勤勉、倹約、正直に商いを行えば、もし失敗して財産をなくし丸裸になったら債権者たちが服を着させるだろうというのです。明治の渋沢栄一も論語と算盤の中で、余は一個の実業家としても、経済と道徳の一致を勉るために、常に論語と算盤の調和が肝要であると手軽に説明して、一般の人々が平易にその注意を怠らぬよう導きつつあるのである。と述べている。
大正、昭和に入っても商人道を継承した指導者たちは一般の商人にその故人の叡智を教えていった。しかし、農民の子孫は田畑から離れ会社員になって貯蓄に励み、資産形成することがお金の使い方だと思い、その会社員の子孫が独立して商売を始めたときにお金に対するしっかりとした思想や知識がないことに気付くのである。
神田昌典の登場
マーケッターで有名な神田昌典は、ダイレクト・マーケティングに関することだけを言っているのではない。著書非常識な成功法則の中で、凡人はお金があっても幸せは変えないと思い込んでいる。しかし、本音ではお金は欲しいし、また社会に役立つ人間になりたいと思っている。神田氏のいう凡人とは多くの日本人が抱いている金銭にまつわる感覚である。神田氏はダン・S・ケネディを読んで開眼したようだが、同時にケネディ氏の日本人とはかけ離れた金銭感覚への抵抗を感じたのだと思う。それを払拭するかのように欲望に火を入れたのではないかと想像する。そしてケネディ氏のマーケティングや金銭観等に関する書籍の翻訳に関わるのである。
なにがマーケティングの普遍性か
コトラーとダンケネディの共通点
コトラーのマーケティングの肝といわれるものはSTPだ。つまり、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングだ。市場をセグメンテーション、つまり区分していくわけだが、コトラーはドラッカーの非営利組織のマネジメントの対談の中でこのようにいっている。
教会を例にとってみましょう。協会は救いを求める人一人ひとりを相手にしなければなりません。したがって、きわめて多様性に富んだ組織足らざるを得ません。
ところが、もう一つにおいて、マーケティングの考え方からすれば、独身者、離婚経験者、ゲイなどに分類したうえで、ターゲットを絞り込んだほうがいいのです。
きわめて端的な答えを述べている。ドラッカーの質問が巧みだからかもしれない。しかし、コトラーの著作のマーケティング・マネジメントでは、詳細に丁寧に述べられている。したがって、丁寧だがその分読み手を選んでしまっている。
ケネディは、3Mといって、マーケット、メッセージ、メディアの重要性を述べている。さらに同著でコトラーは、マーケティングでは第一にマーケットを知るためにマーケティングリサーチをしなければならない。第二に、マーケットを分類しターゲットを定めなければならない。第三に、それらのターゲットに合わせた方針、方法、プログラムを作らなければならない。そして第四に、それらのプログラムをターゲットに知らせなければならない。コトラーの第一と第二はケネディのマーケットに対応しており、第三はメッセージに対応しており、第四はメディアに対応している。
コトラーとケネディの違い
コトラーとケネディを同列で比較しているわけではない。コトラーはマネジメントのグルだし、ケネディはマーケティングの実践者だ。ケネディもコトラーから受けた影響は大きいと思う。しかし、ケネディはスモールビジネスに特化している。
コトラーのマーケティング・マネジメントの中ではケネディの主テーマであるダイレクト・マーケティングは先ほどの第三(具体的にはマーケティング・ミックスという)のプロモーション政策の中のさらにその一つにしか過ぎない。しかし、その一つがスモールビジネスには必要だとして、そこにセグメンテーションとターゲティングを加えている。
コトラーのポジショニングの肝は差別化だ。いかに競合と異なる切り口で違いを顧客に訴求するかである。しかし、ケネディには差別化や競争という言葉は少ない。それよりもニーズにこたえるかが重要なのだ。ケネディにとって、差別化や競争は意中の人を前にして恋敵と喧嘩しているようなものであろう。それよりも意中の人の要望に応えろと。
マーケティングと営業
日本の企業において、マーケティングの地位は低い。例えば、営業部は100名の人員がいるが、マーケティング部は数人程度という割合が多い。マーケティング部がない会社も多い。理由は、先述でマーケティングはなぜ理解されなかったのかで述べたとおりだ。
ある団体に会員獲得の必要性が求められて新規開拓に力を注いでいる。しかし、これまで営業組織といったものはなく、他の業務と兼務している。他の業務が忙しくなると新規開拓は後回しにされ、問題視されると新規開拓の業務を外注化してしまう。事業にとって一番大事な顧客の創造を外注にしてしまうとは。なぜ、マーケティングに力を入れリードを獲得し、フォローで獲得しようという発想に転換できないのか。
欧米の組織ではマーケティング各メディアにプロモーションをかけ、ネットのフォームで連絡先地域などの情報を得てリードとして育成し、セールスにリストを渡す。そして、セールスがメールでフォローを行い。最近では、ZOOMなどでミーティングを行い期限を区切って特別オファーを提示しクロージングを行う。
このように、役割が明確だ。多少問題視するのはマーケティングからセールスにリードを渡すタイミングだ。ところが日本の組織の一部では、マーケティング部がイベント屋になっているケースが多い。セミナーや無料コンテンツを企画し、セールスが顧客に招待する。顧客は参加を承諾し。傘下の後に有料コンテンツにセールスがオファーするというバイヤージャーニーだ。しかし、問題はマーケティングとセールスのスイッチが多くなりスムースにスイッチできなかったり、上手くいかないときにお互いに責任を擦り合ったりしやすくなることだ。またセールスがリードすると顧客にイベントの価値を訴えられずにお願いになってしまったりすることが多くなることだ。
日本にマーケティングが求められる訳
中小企業こそ求められる生産性の向上
日本企業、とりわけ中小企業の生産性の向上は急務である。日本は長年のデフレスパイラルにおいて給与水準は抑えられてきた。さらに経営者の意識の構造が変わり従業員の給与を抑えるようになってきた。その結果、日本のあらゆるものがお買い得価格になってしまっている。ではなぜ外国が買おうとしないのかは、いまだに日本の様々なシステムが不効率からだ。だから、買っても仕組みを更新しなくてはならず、さらに行政も法律も不効率なのでメリットが出てこない。これは由々しき問題である。
コロナがきっかけで様々なものが変わる
新型コロナは、人々を苦しい環境に追いやった。政府は人流を止め非接触化を推奨した。フィールドセールスはインサイドセールスに置き換わった。研修も集合研修よりオンライン研修に置き換わった。買い物は店舗販売からECに置き換わった。
ワクチンを打ち耐性が付いたとしてもすべては元に戻らないだろう。マーケティングは、売る側も買う側もその利便性に気が付き始めてきた。うるさいセールスや販売員から押し売りされることがなくなる。移動にかかるコストや時間が抑えられる。などメリットがある。
売れる仕組みづくりとは
マーケット(だれに)
誰に売ればいいのか?
マーケティングで重要なことは購買者を理解することだ。しかし、この点においてもコトラーとケネディのやり方は少し異なっている。コトラーは購買者というよりももっと購買者の集まりである市場を対象とする。しかし市場は大きいので市場を細かくして最適なところを選ぶ。そして選んだ市場にマーケティングミックスを行うのだ。先ほどはケネディはプロモーション政策の中のさらにその一つにしか過ぎないといったが、厳密にいえばマーケティングミックスの4Pを行っている。ただし、コトラーよりもダイレクトなのだ。
コトラーの市場細分化を行うための変数がある。具体的には次の項目だ。
(イ) 地理的変数
(ロ) デモグラフィック変数
(ハ) サイコグラフィック変数
(ニ) 行動上の変数
これに対し、ケネディは次の3つの項目をあげる。
(ホ) 地理で絞る
(ヘ) デモグラフィックで絞る
(ト) 親近感、つながりを利用する
単純には比較できないが少ないことはいいことだ。
コトラーの市場細分化の手順は、調査、分析、プロファイリングだ。ケネディもマーケット分析とプロファイリングの鋭い質問10というものをあげている。具体的にはこうだ。
1.お客が抱えている夜も眠れないくらいに心配な消化不良の問題は何か
2.お客は何に不安を感じているか
3.お客は何について誰について怒っているのか
4.お客の毎日の不満の上位三つは何か
5.お客のビジネス上のあるいは生活上の、今の風潮とこれからの風潮はどんなものか
6.お客が密かに一番熱望しているものは何か
7.お客の意思決定の仕方に特有の傾向はあるか
8.お客の使う専門用語はあるか
9.同じようなものを売ろうとしているのは他にどんなところがあり、どのように売ろうとしているのか
10.同じようなものを売り込んだのはどんなところで、なぜ失敗したのか
質問内容は異なるが共通している。ここまで見てくるとコトラーは大きな市場から変数を選択して購買者を選び、ケネディは少ない変数で選ぶ代わりにプロファイリングをしっかり行っていることが分かるだろう。
しかし、共通しているので事業の規模が成長するにしたがってケネディ型からコトラーがガタへマーケティングの仕方を成長させていくことも可能なのだ。
商品ありきではない
市場と商品はパズルのようなものである。先に商品があるとこの特徴を生かすための市場を試していかなければならない。このジレンマから抜け出す方法として、ケネディを信奉している神田昌典氏は著書普遍のマーケティングでこのようにいっている。
商品があって、その商品をマーケティングしたんじゃない。マーケティングをして、欲しがる人がいることを確認してから、商品を作ったのだ。
無論、そう簡単にいかない場合もあるだろうが、つい陥りがちな商品志向がマーケティング志向の邪魔をするのである。神田氏はこう続ける。
当時、多くの人は“商品志向”だった。つまり、「この商品は売れる」と思って仕入れる(もしくは開発する)。そして、自分本位に「この商品であれば、この価格で売れるはずだ」と価格を決定する。さらには、「この商品はこのターゲットに売れるはずだ」と、その商品を売ってくれる人を探そうとしている。(この常識が間違いのもと)
メッセージ(なにを、ニーズ)
USP
USPとは、ユニーク・セリング・プロポジションといい、ライバルに対するあなたの位置づけを明確にするものである。競合他社よりもずば抜けたUPSならば企業帝国が築けるとケネディは著書「究極のマーケティングプラン」で言う。そして自社のビジネスに対し、次のように自問してみることを進めている。
(イ) このビジネスにUSPはあるか
(ロ) なければ、自分で一つ思いつけるか
(ハ) あれば、さらにいいものが思いつけるか
(ニ) 自分のビジネスに「もらえる」アイデアはないか
中小企業の経営者の多くは、自分のビジネスにはユニークなものはないと思っている。人材のいない自社の中では思いつかないと考えている。でも、ケネディのこの自問は少し扉を開けてくれるかもしれない。
UPSもポジショニングの考えが必要だ。しかし、ポジショニングを考える際に競合他社を考慮しようとすると気が重くなってしまう。多くの競合他社のUPSを調べようとすると膨大な調査が必要になってしまうのだ。中小企業にとってそこがネックになってくる。
行動経済学
コトラーのようなマーケティングは、経済学的に人々はみな合理的なため、日々の生活で直面する選択肢について価値を計算し、最善の行動をとっていると予想する。たしかに、大きな組織ならそのような合理的な思考プロセスで購入するに違いない。しかし、すべての購買者は合理的であろうか?
行動経済学者のダン・アリエリーは、自身の著書「予想どおりに不合理」の中で、人々の行動は普通の経済理論が想定するより、はるかに合理性を欠いており、その不合理な行動はでたらめでも無分別でもない。規則性があって、何度も繰り返してしまうため、予想できる。というのだ。
例えば、新婚旅行でヨーロッパに行くとしよう。ローマかパリに行くとしよう。旅行代理店の担当者は、それぞれの都市について、航空運賃、ホテルの宿泊、観光、朝食無料サービス込みのパッケージツアーを提示した。あなたはどちらを選ぶだろう。ローマにはコロッセオがあるし、パリにはルーブルがある。簡単に決められ訳がない。
第三の選択肢を出されたらどうか?第三の選択肢は朝食無料サービスのないローマだ。第三の選択肢は劣った選択肢なので無料朝食サービスるあるローマが格上げされる。そして、そのことによりパリよりもローマが良いとさえも思えてしまう。
これを読む冷静な人は、合理的な判断をするに違いはないが、その場で提示された旅行客は迷うはずだ。
このようなオファーを良く受けるはずだ。テレビ通販で30分以内ならもう1本付けますとか、チラシでWifi乗り換えるなら○○日までなら工事費無料とか、ネットでスマホ新規申し込みなら1年間基本料無料など様々ある。BtoBだって契約していただけるのなら特別価格をオファーしますとかある。
中小企業なら行動経済学的に企画しオファーするのは、経済学的に合理的に行動するよりそう難しくはない。企業が経済学的に行動しようと思うと時間がかかり意思決定は遅くなる。しかし、行動経済学的に行動するほうが明らかに合理的だ。
メッセージ
USPを伝えるためには言葉としてメッセージを送らなければならない。ケネディが強調するのは間違いなく理解してもらうということだ。そのためにはステップを踏まなくてはいけない。
なぜステップを踏まなくてはいけないのか?
ちなみに、ここに郵便ポストに入ってたリフォームのチラシを見る。2色刷りのA4判のチラシだ。私はチラシの色にはこだわらない。それより中身が大事だ。リフォームのことなら何でもお任せくださいと書いてある。何でも?ワンストップショッピングか?おすすめの期間も書いていない。あとは有限会社○○と住所だけだ。このチラシは忘れた頃にポストに入ってる。以前リフォームをしたがこのチラシの業者には頼まなかった。なぜだろう。
先ずは、「リフォームのことなら何でもお任せください」というメッセージがまずい。何でも任せられるのは小売りで言ったら有名百貨店だ。何でも揃っている。購買者もそれを期待している。その点、言っちゃ悪いが有限会社の規模にリフォームのすべてのニーズに応えられるだろうか?それよりも、クロス張り、網戸の修理、サッシの戸車修理など比較的に簡単な工事を季節に合わせて単品でオファーする。例えば梅雨の時期は壁紙にカビが付きやすいのでその前にクロス張りを期間限定でオファーする。夏になるとかなどの虫が多くなるのでその前に網戸の修理を期間限定でオファーする。冬になると北風が吹き古いサッシは隙間風が入るので戸車を交換してスムースな開閉をオファーする。こういったオファーがなぜ必要なのかというとニーズを一点に絞っている。網戸を見ると猫が爪とぎして網戸に穴が開いている。そこから虫が入ってくる。直そうと思うのだけどきっかけがない。このような状況はケネディのいう、
- ニーズと欲求、またはそのどちらかに気づく
ということだ。チラシには、「そろそろ夏の季節がやってきます。もしかしたなら網戸に穴が開いていてきっかけがあれば直そうと思っていませんか?」相手の思っていることを先取りして文章で表現してみる。
- そのニーズ/欲求を満たす「もの」を選ぶ
そうか直そうかなと考え始める。しかし、価格は?
- その入手先の価格で納得する
かなり安くオファーする。心配しないで、網戸の交換は名刺代わりなのだ。どうしようと真剣に考え始める。
- 今すぐ行動しなくてはいけない理由を見つける
期間限定にする。前のチラシには期間が限定されていない。だから忘れ去られるのだ。いい意味での煽りだ。もし期間が終わってたら?大丈夫、担当者が上司と相談して今回限り期間内の価格でできますと言ってくれるだろう。
- その「もの」をどこで入手するかを選ぶ
絶対にこのチラシの小さな有限会社のところに頼むだろう。購買者はどうせ網戸一枚だ。悪くても大した損にならないと考えている。そこで、期待を相当に上回ることをする。網戸はしっかり交換し、周りのサッシも掃除する。パッキンのカビ取りなどもサービスで行う。そうすれば、この有限会社は購買者の心の中では地域一番点に近づく。そうそうアンケートも忘れずに書いてもらおう。次のチラシに証拠として載せるのだ。そうすれば最初のチラシのレベルが上がる。そして帰り際にもう少しレベルの高いトイレのリフォームや洗面台の交換などを提案するのだ。それは網戸を交換したときにトイレを借りる。その時にトイレと洗面台をしっかりチェックしているのだ。カバンの中にはニーズに1っ店で絞ったチラシを用意している。適当に出してはいない。ちゃんと次のニーズの精度が最初のチラシより高くなっている。
メッセージの話に戻ろう。ステップを踏んでメッセージを送る意味は、例えばステップの踏まずにいきなり会ってプロポーズしたらどう思うだろうか?多分かなりの高い確率で断られるだろう。それより、相手の好みを知り合わせ、提供し、さらによく知りまたそれを提供する。ただ提供するのではなく期待を上回るようにするのだ。そして、転勤が今度来るかもしれないといい、プロポーズすればよい返事が返ってくるだろう。相手の要望、恐れ、不安、心配を少しづつ取り除き、期限が迫っていることを伝え、そしてクローズメッセージを送るのだ。
メッセージの重要なことは時代が変わってもメッセージはあまり変わっていないということだ。また、もしこのメッセージの肝を理解していれば他の職種に変わったとしても、コンサルで様々な業種のクライアントに対しても的確なアドバイスが送れる。
メディア(どのように、独自能力)
ステイアー(階段)
マーケティングにおけるメディアの進化は速い。特にオンラインマーケティングは進化している。この分野は、従来のビジネスをオンライン化することで発展してきたものは多い。楽天は既存の商店をオンライン上で商店街のように置き換えることで発展してきた。これを現実の立地で出店したら大店法のように規制がかかったのかもしれない。
ケネディの頃は、DMや新聞広告だったが今の主戦場はオンラインだ。メディアは変わってもそこに載せるメッセージやオファーはあまり変わらない。なぜなら人間の心理は大きくは変わっていないからだ。したがって、ケネディが言うようにメッセージのステップを踏む。これも不変なのだ。価値と価格との間を段階的に少しづつ上げていくことが必要なのだ。コンサルならリアルならニーズを聞き提案を行いその反応で契約をとれるかもしれないが、オンラインではその前後が必要になる。オンライン上では予め用意した情報をもとに顧客が階段を上がるかどうかを決める。その段差が大きければ大きいほど抵抗を感じ登ろうとしなくなるのだ。したがって、細かく段階を踏ませる必要がある。ATOOSはこれを微差と名付ける。
微差とは
微差とは文字通り小さな差のことを意味するが、少しづつ情報を顧客に与えて価値と価格の段階を少しづつ向上させるようにするオンラインマーケティングのやり方である。オンライン上でのプロスペクトは慎重だ。そのためにケネディのようにステップを踏めせることは必要だが、微差は現代的にアレンジしている。どの世界にも新しい発想が求められるが。世にないものを手にするのはは危ない。それより、成功したものをアレンジしたほうが良いに決まっている。階段は、広告やSNSから販売プロセスを通って絞り込まれリピーター客へと転換していくのだ。
広告やSNSからステイアーに呼び込む。広告やSNSなどのことをトラフィックともいう。あなたもYouTubeなどを見る際、途中で広告が出てくるだろう。その時にストーリー仕立てのナレーションが始まる。例えば以前勤めている会社がせっかくのよい製品なのに儲けに走りいやになり顧客のためになる会社を作ろうとして独立したというストーリーがあるとする。最近よく見るやつだ。
微差は、ああいった主人公を微形とよぶ。微形は商品やサービスを販売する主人公だ。圧倒的な存在感は必要ない。買い手と同じかまたは時には少し劣っていたりする。または少し優れたりする。この少しが微差だ。しかし、その微差を繰り返すたびに大きく成長できることを証明するのだ。そのためには、買い手が共感できる主人公が必要になる。
さらに階段の中に細かい階段を用意する。それが微入である。微妙な名前ではあるが、ステイアーの中に特別な商品の特徴を伝えるメッセージの中にストーリーの段階を入れ込むのが微入である。
階段を上がってきたプロスペクトに間髪入れずにコミュニケーションをとり続けなければならない。そうしないと、熱は冷め、どこかに行ってしまう。相手のニーズばかり探ろうとするとどうしても質問や情報収集ばかりが先行しがちだ。逆なのである。興味があるから、関心があるから、価値があるから、質問に答えるのだ。最近、5ポイント上げるからアンケートに答えろ5分かかる。こんなことに時間はかけたくない。価値がないのだ。お金で釣ろうとしてはいけない。お金の価値は人によって違う。それよりは、価値を売ろう。そのためにはストーリーが重要だ。微形(主人公)が劇的な微入(劇的なストーリー)を体験する。そこにプロスペクトを引き込んでいくのだ。毎回毎回、メールなどでやり取りするストーリーに引き込まれていく。そうだ、韓国ドラマのようにだ。ただし、連続ドラマは視聴させることだけが目的なのに対し、我々は商品やサービスを買ってもらうことが目的だ。だからそれほど繰り返さなくてもいい。せいぜい4,5回に抑えよう。
劇的なストーリーをだれもが持っているわけではない。ハリーポッターの作者J・K・ローリングのように貧困と病気の中で世界中にヒットした大作家になった。などという劇的なスート―リーをだれでもが持っているわけではない。しかし、想像することはできる。もしか、想像力が乏しいのなら、微似をしよう。微似とは、マネのことだ。微入を上手にやっているドラマ、映画、他のオンラインマーケティングの仲間から拝借しよう。微似するのは、微入だけでなく、どんな広告やSNSから引き込んでいるのか、どんなメッセージをプロスペクトに送っているのか、どんなステイアーなのか、どんなランディングページなのか、どんな効果的なツールを使っているのか。よく研究して微似しよう。
ステイアーで重要な存在は登録者、購入者、リピーターだ。登録者はこちらのオファーに対して、メールアドレスや氏名や連絡先を教えてくれた人々だ。個の登録者を入念な準備でお誘いしなければならない。微形が微入を経てしっかりしたUSPをひらめき、あるいは発見し、あるいは開発する。これまで様々な実績、購入者がおり成果を与えてきたという微徴(証拠)が納得感をます。しかも今回限りの微限(短い期間)を強調する。しかも無料のオファーでだ。無料で提供するのは、登録者になってもらうためだ。無料のオファーは、効果がある。負担がない割には高価な情報を与えよう。
これはあたかもステイアーのステイアーだ。もう説明しなくてもお分かりだろうがより細かなステップを踏んでいる。最初から長い階段を見せられたら上らないだろうが、小出しで動機づけされたらついつい登ってしまう。
ステイアーの中で踊り場が出てきそうなら、顧客との連絡を絶やさずにおこう。何の話でもいい。世間話のような親密さが必要だ。こういった踊り場でのやり取りを微合(少し合わせる)と呼ぶ。もちろん有益な情報ならなおさらいい。しかし、時には気の抜けるやり取りもいいものだ。さあ次はこれだ。その次はこれだの連続では、集中力が続かない。
購入者には、リピーターになってもろう必要がある。リピーターには、個別的なオファーを用意する。他の人には秘密であなただけに提供します。これを微別(あなただけの特別オファー)と呼ぶ。
リピーターには、特別なコミュニティが必要だ。おなたのリピーターが多く、満足していたなら、自然とコミュニティで共有したくなる。有名ならオンラインサロンを開いてもいい。勉強熱心なファームなら勉強会でもいいだろう。セミナーが開けるのならセミナーで直接会うことも特別感を提供することができる。このコミュニティから新たな微形を作ろう。これまでと違うタイプの微形ならば、違うプロスペクトが親近感を感じてくれるだろう。微形が新たな微入を作り出してくれるだろう。
さらに高額なマンツーマンシステムを用意できればアップセルは揃う。
同業者に対するマーケティング
オンライン・マーケティングの一部では同業者にノウハウを教え自身のサービスに引き込むことが多くなってきた。あるノウハウに関したことを記事で書くと多く訪れるのはターゲットではなく同業者であることに気づく。自分もそうだが、日ごろネットでネタ探ししている。それなら同業者に売ってしまうほうが簡単だ。 以前はノウハウを守ることばかり考える人が多かった。しかし、ノウハウは使われてこそ価値があり、死蔵品にしてはならないのだ。同業者のニーズは分かるし恐れも知っている。解決策が提示しやすい。だけど同業者より進んでいることが重要だ。追いつく前に先に走ればいいという発想だ。ブランソンは同業者だけををターゲットにしている訳ではない。
メディアは新しいほうがいいのか
オンラインマーケティングを考えているとオフラインよりオンラインのマーケティングのほうが進んでいるように思える。確かに技術的にオンラインのほうが進んでいる。しかし、メディアは購買者に合わせるべきなのである。私の経験でも昔にクライアントであったレンタルビデオ店にオンラインの対応をすべきだといったが今でもDVDのレンタルビデオ店はやっている。それと同じようにまだまだチラシやDMは健在だ。さすがに、神田氏の録音テープのファネルは古すぎるかもしれないが、Clubhouseのメディアも出てきたし、ジオグラフィック、デモグラフィック、サイコグラフィックなどの細分化で市場の観察をしておかないと誤ってしまう。もちろん簡単な方法のほうが望ましい。
最後に
顧客マネジメントでは、マーケティングを中心にどのように中小企業で活用していくかの観点でまとめてきたつもりだ。中小企業ではいきなりコトラーのマーケティングを活用することは体制の面でもノウハウの面でも難しいように思う。ならば、ケネディなどの方法を活用しながらスパイラルアップしていくことをお勧める。
マーケティングは、顧客創造の要である。普遍のマネジメントの実践によってもたらされるメリットを大きくするか小さなものになるかはこの顧客マネジメントの実践にかかっている。