報徳仕法による地力をつくす法
地力をつくす事
報徳外記興復第八に「堤防を築き用排水をうかがって水利を通じ、道路を造り橋を架け交通を便利にし、荒地を開墾して竹木を植えて廃地なくす。これが地力を尽くす方法である。」とあります。
復興は田畑を開墾し、貧民にお金を貸したら終わりではありません。衰退する国ではいわゆるインフラが整備されていません。長年の重税でインフラを整備する農民が逃げ出してしまって担い手がいなくなっています。整備するのにお金が必要ですが分度をわきまえない支出を繰り返していますのでお金もありません。治水の必要性について外記治水第十四では、
「水はよく田を養うが、また大いに溢れて決壊し、よく田を害するものである。~その水源を養うのは山林の樹木である。~もし樹林を伐採すれば、地気が変わって乾燥し、驟雨はすくなくなって水は涸れてしまい、更に土砂は崩れ落ちて川底は次第に高くなり、、一雨ごとに水が溢れて田畝を害する恐れが出てくる。~水は本来至って柔らかいものである。しかしながら相合すれば、その勢いは猛烈であって砂礫を激しく押し流す。それゆえに川に堤防があれば水は常に中央部を窪みに深めて流れるが、もし堤防がなければ、氾濫にあたって砂礫を押し流し、水勢がやや衰えると、ただ水だけが流れ去って、砂礫を残すのである。~このようであれば、何万町歩の田地も空しく不毛の地となってしまう。~山林が繁茂し、堤防が修築されて後、初めて天下の田は水害・旱害の恐れを免れることができるのである。」とあります。
報徳仕法が単なる農業技術の改善や財務改善ではないことが分かります。特に、尊徳は土木技術に知識が豊富で茨城県のサイトの中で「土地改良施設について」のところで、次のように紹介しております。
『1833年(天保4年)3月7日,青木堰の工事が始まりました。村内を流れる桜川の河床は砂地で,堰を築くのに必要な砂利や岩石が乏しく,設置には困難を要しました。そこで二宮尊徳は萱屋(かやや)を川の上に造り,その屋根を切り落として流れの中に落とし,流れを止めて堰を築くという独特の工法を用いました。工事は水路工事まで含め3月24日に完了しました。それまでの工事に比べかなり短い期間,少ない費用で成功したことに,遠近の人々は驚嘆したとのことでした。
青木堰が完成したことによって,村は瞬く間に復興し,村民も本来の農業に励むようになりました。その後も堰は何度も損傷を受けるのですが,二宮尊徳の教えに従い,村民が一丸となって修復を続けてきました。
現在は当時の堰があった場所よりも上流に堰が造られ,旧堰は跡地として,「二宮尊徳先生仕法青木堰の記」とともに保存されています。』
荒地を開墾して竹木を植えて廃地をなくすとはどういうことでしょうか?
外記開墾第十二上に、「考えてみるに日月の照らすところ、霜露のその地力を発揮したならば、どうして五穀の生じない土地があろうか。もし五穀の生じない土地であれば、竹木を植えればよい。もし竹木が生えない土地であれば、草場とすべきである。このようにすれば、国中の荒地はなくなり山林は伸び茂り、百穀は豊かに稔る。これこそ富国安民の道である。」とあります。
水源である山林の樹木以外は、荒地に人の手が入らないところはないのです。
また、尊徳に補佐する様々な人達がおりました。相馬藩士荒至重もその一人です。至重は和算を使い水利、土木、建築などを支援しました。
現在への適応のしかた
冒頭の地力をつくす方法を読むと地力というのは建設行的な方法による改善のしかたと読むことができます。
確かに、海外の先進技術を導入するまでの江戸時代までの日本は治水、利水、架橋など建設技術は遅れていたことでしょう。そのせいもあり、干ばつや大雨などの災害時に飢饉や被災にあい多くの被害者を出していました。
しかしながら、中小企業に関して考えると、地力をつくす法とは、その土地の持っている力や会社や個人が持っている力を出し尽くす方法と読み替えた方が良いと考えます。
その土地の持っている力
尊徳は、「自然の中で自動的に行われるのは、天然自然の定理としての天理、天道である。その天然自然の定理に従いながらも、人の考えによって行うことを人道と言う。」(夜話第百十八話)
天道が生み出した気候、特産品、風土、土地柄などは天道に従いながら作られたものです。そうすると、むやみに新商品や新市場を生み出そうとする前に、既にあるものを利用できないかと考えた方が良いのです。
例えば、味の濃い物を好む土地柄の人に健康に良いからといって薄口のものを売ろうとするのは賢明ではありません。そのような場合は薄口でお味が濃く感じる調理方法を提供し、食品だけでなく調理方法を含めて売るのです。
陰陽転化
地力は陰陽転化によって変化していきます。力のあるもの(陽)はやがて衰え(陰)ます。そうすると、顧客は別の力のあるもの(陽)を求めてきます。顧客が新しいものを求める意味はこういう理由からなのです。
バブルの頃はファッションは派手な色や大きなサイズが好まれていましたが、バブルが崩壊すると落ち着いた色やタイトなサイズが好まれるようになります。
しかし、いきなり陰から陽へ、または陽から陰へ、転化する訳ではありません。「草木は、茎から生じ葉を生じてそのものの形を示す。その形が完成すれば花をつける。花はやがて実となり、種となって再び地表にかえっていく。」(天生草木華実輪廻之図)少しづつ変化していく場合が多いのです。
ですから、大きな変化を提案したり、以前と大きく異なる商品を販売したり、いきなり新たな市場に参入したりすると失敗する確率は増えていきます。
「種芸の節(作物の種をまいたり、苗木を植えたりする時期)は所によって遅速あり、深く考えて用いるべきなり。(天命百穀稼穡之節図)
商品によってお客様に受け入れられ、実として販売できる時期も異なるので種をまく時期も異なってきます。さらに、地域によっても遅い早いが違ってきますのでよくよく考えなければなりません。
夏服の企画提案は、冬に種をまき、春に契約をし、夏に納品します。春服は、秋に種をまき、冬に契約し、春に納品します。このように、現実も種芸の節は変わります。さらに、北海道や沖縄では当然気温も異なるので、あわせていかなくてはいけません。
会社や個人が持っている力
人道は、天道に従いながらも、人が生きていくために行う方法です。天道は、陰陽の対極にありながらも、釣り合いが取れ、永久に続いていき、しかも循環していきます。
しかし、人道は時として陰陽対立します。人は自分の立場でものを見てしまうので、自分が善であるとすると意見の異なる相手は悪とみてしまう。相手はその反対にこちらを悪とみて自分は善だと思ってる。
「一つのものの半分を善だとすれば、残りの半分が必ず悪となるのである。」夜話第二十六話)しかし天道において善悪の区別はありません。さすれば、天国も地獄も人間が作ったのであります。人間の畑を荒らす獣は害獣と呼ばれるが、自然には害獣はいません。人間が作ったのであります。
これらの対立を乗り越えるためには、善悪で二分するのではなく、実際にはあいまいところがあるはずです。競合する二店は同じ顧客や同じ取引先があるとします。顧客や取引先はどちらも存在してほしい。どちらかが撤退すると独占になり損害が出るかもしれません。差別化しているというけれど、それほど大きな違いはありません。
競争に勝ったとしても、禍福は必ず陰陽転化します。「財産は人の欲しがるものである。しかし、自分のためだけにそれを持つときには禍が訪れ、世のためにそれを持つときには福が訪れる。」(夜話第二十七話)
自分のためだけ、自社のためだけ、を考えて行動すると一度は福が訪れても必ず禍が訪れます。ですから、折り合いをつけて、お互いが生き残る道を探していきます。
しかし、それは業界のなれ合いになって結果として顧客が損をしてしまうのではという懸念がありますが、誠意の追求をすればいいのです。相手が、誠意が足りずこちらを選んでしまうのは天道に合致するからです。